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青りんごの本棚

~10代の読書案内~

角田光代 『八日目の蝉』

ドラマ・映画化 エンタメ小説
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セミの幼虫は地中で7年暮らし、地上に出て7日しか生きられない。

一般的にはそう言われるが、実際の寿命はもう少し長い。セミの成虫は室内での飼育が難しく、室内の観察環境では一週間くらいで死んでしまう。自然環境では2~3週間、長いと1カ月ほど生きられるらしい。

 

7年も地中でじっと待ち(この年数も自然環境での正確な年数はまだ分かっていないそう)やっと出てきたと思ったらたった7日で死んでしまう。その命のはかなさと一週間で繁殖の相手を見つけるロマンチックさから、「蝉の寿命7日間説」が定説化したのではないかと思う。

蝉の豆知識はさて置き。

映画の予告で、読みたくなった本。

 

不倫相手の男とその妻とのあいだに生れた赤ちゃんを、女は連れ去った。すべてを捨て、逃げながら、4年間を親子として暮らした。ずっとふたりでいられますように。女の願いはただそれだけだった。

 

誘拐犯と子どもの中に育まれていく親子愛のようなものを想像して読み始めたが、それは、この小説の一部にすぎない。小説に出てくるエンジェルホームのスタディ風にいうと、本当に伝えたいことの手段でしかない。

つらさや苦悩は、そこから先、実の家族の元に戻ってからの恵理菜としての人生で色濃くなる。


人間は、強くもあるけれど、もろくもある。

おかしな表現かもしれないが、自分という土台の上に自分が立っているのだと改めて気づかされる。

土台は「自分は何ものなのか」というアイデンティティー。土台の自分がしっかりしていないと、上に立ってる自分もやっぱりぐらぐらする。どんなに頑張っても、人は水の上に立って歩くことはできない。

 

この小説は、誘拐犯とその子供の物語ではなくて、恵理菜や千草のようにアイデンティティがうまく確立できない人の苦悩を描く。

自分と向き合うとか自分を受け入れるとか、そんなフレーズを口にするのは簡単だが、それはとても辛い作業だ。手首にナイフを突きつけるような痛みを伴わずにはできない。それでもそうすることでしか、「自分」は手に入らない。

 

恵理菜が自分と向き合うためのキーワードは海だった。

小豆島での自然にあふれる生活がこの小説の一番の(もしかしたら唯一の)魅力ポイントだが、アイデンティティと海には深いつながりがある。人と機械だけの無機質な中では、みんなにそっぽを向かれると本当にひとりぼっちになることがある。

でも、自然は人に対しててそっぽ向いたりしない。

 

虫の声が語りかけ、風が頬を触る。自分を認めることは、自分が何かとつながっているという気づき。自然の中では、自分もこの中のひとりなのだと誰もが必ず気づかされる。

 

人間が自然の中で暮らす生き物である限り、自然と切り離しての自分認識はない。だから、自然とつながりながら生活している人は、「自分」を認める能力に長けている。

だからこそ、「自分探しの旅」に行く人は、そこが知らない場所だとしても誰もが自然のある場所を選ぶ。だれも、自分探しにカジノには行かない。

 

私自身も、あの海の町での暮らしがなければ、今もまだ自分が嫌いなままだったと思うし。

 

そういう意味でも、薫として自然豊かな島で暮らした経験が恵理菜にとって大きな意味を占めているし、海を眺めているうち小豆島での豊かな自然の景色が次々と浮かんでくる過程は、自分を見つける過程でもある。

 

そして、私の中の(きっとほかの読者の方々も)アイデンティティにある自然とリンクして、このシーンで涙を流さずにいられないのだと思う(最近はこればっかですよ。涙腺がゆるまってるね)

 

この本を読んで、自分探しに悩む恵理菜に自分を重ねたあなた。
ラストシーンで涙しちゃった、あなた。
それって、海が呼んでいる合図です、たぶん。

 

八日目の蝉 (中公文庫)

八日目の蝉 (中公文庫)

 

 

おすすめポイント

◇第二回中央公論文芸賞受賞作
◇映画「八日目の蝉」原作

 

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