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青りんごの本棚

~本とごはんとコーヒーと。10代の読書案内~

小川洋子 『人質の朗読会』

博士の愛した数式」や「ミーナの行進」、エッセイ「シヅコさん」など、読んでみたい作品リストに入れっぱなしの作品を飛び越して「人質の朗読会」を手にとったのは、表紙の小鹿のせい。

 

今村夏子の「こちらあみ子」と同時期に書店に並び、「なんだか常にバンビに見られているような気がする…」なんて思ったのは私だけではないはず。

どちらも、彫刻家・土屋仁応(よしまさ)さんの作品。

 

それは、地球の裏側にある小さな村で起こった。ツアー客7人と添乗員が反政府軍ゲリラの襲撃を受け、バスごと拉致された。ゲリラ軍と政府との交渉に進展のないまま百日以上が過ぎたころ、政府軍はゲリラのアジトに強行突入。結果、犯人グループも人質も全員死亡。

そんな物騒な戦闘物語ではなくて、この事件はあくまでもプロローグ。

事件が世間から忘れられるころ、交渉中に密かに仕掛けられていた盗聴テープが公開された。そこには、人質たちが自ら書きつづり、語る8編の物語の朗読が記録されていた…。

もちろんこれはフィクションで、すべて小川洋子が書き綴った彼女の物語のはずなのだが、(インテリアコーディネーター・53歳・女性/勤続30年の長期休暇を利用して参加)や(医科大学眼科学教室講師・34歳・男性/国際学会出席の岐路)が本当に実在して、それぞれ自分の人生の一部を語っているように思えてくるから不思議。物語は、どこかファンタジックだったり、そのまま切り抜いたようなリアルさがあったり、嘘くさかったりとそれぞれに個性が滲んでいるところが、そう思わせるのだろう。

気に入ったのは、『やまびこビスケット』『コンソメスープの名人』
どちらも食べ物つながりなのが、わたしをピタリを言い当てている。

 

人質として囚われて死を覚悟したであろう人々が語る物語。
そこに込められた思いとはなんだったのでしょう。

 

彼らの想像を超えた遠いどこかにいる、言葉さえ通じない誰かのもとに声を運ぶ、祈りにも似た行為であった。(P231)

 

ビスケットを一個ずつきちんと並べるという行為も、スープを布巾でそっと漉す作業も、ただひたすらに槍を投げては地面から引き抜く動きも、彼らの物語の中にも、「祈り」は毎日の中にある。


心を落ち着け、何かに想いを届かせようとすることが祈りに近いものだとしたら、人質たちにとって朗読が祈りであったように、私の毎日にある「読書」もまた祈りなのかもしれない、なんてことに思い当りはっとする。

 

おすすめポイント

小川洋子さんの短編風小説

◇表紙は彫刻家・土屋仁応(よしまさ)さんの作品。
作品タイトルは「小鹿」。ちなみに「こちらあみ子」の表紙彫刻のタイトルは「麒麟」。

土屋仁応公式サイト→Yoshimasa Tsuchiya

◇ドラマ原作

 

 本をチェックする

人質の朗読会 (中公文庫)

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